システム開発における非機能要件は、性能や可用性、セキュリティなど、システムの品質を決定する重要な要素です。しかし、機能要件と比べて定義が曖昧になりがちで、プロジェクトの失敗要因となることも少なくありません。本記事では、非機能要件の基本概念から具体的な定義方法、業界別の事例まで、システム開発を成功に導くための実践的なノウハウを詳しく解説します。
目次
非機能要件とは?システム開発における重要性と基本概念
非機能要件の定義と概要
非機能要件とは、システムが提供する機能以外の品質や性能に関する要求事項を指します。システム開発において、機能要件がシステムが「何をするか」を定義するのに対し、非機能要件はシステムが「どのように動作するか」を定めるものです。具体的には、システムの性能、拡張性、可用性、セキュリティ、保守性といった品質特性を明確に定義します。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)によると、非機能要件はシステムの品質を左右する重要な要素であり、プロジェクトの成功に直結する要件定義の核心部分とされています。非機能要件を適切に定義することで、システムの満足度向上と運用時のトラブル回避が可能となります。
機能要件との違いを具体例で解説
機能要件と非機能要件の違いを理解することは、要件定義を正確に進める上で重要です。機能要件とは、システムが実現すべき具体的な機能や処理を指し、「ユーザーログイン」「商品検索」「注文処理」といった業務機能が該当します。
一方、非機能要件はこれらの機能がどの程度の品質で動作するかを定義します。例えば、「商品検索機能は3秒以内に結果を表示する」「システムは年間99.9%の稼働率を維持する」「障害発生時の復旧時間は4時間以内とする」といった要件が非機能要件に該当します。
機能要件の定義だけでは、実際のシステム運用時に性能不足やセキュリティ問題が発生する可能性があるため、機能要件と非機能要件の両方を適切に定義することが求められます。
システム開発における非機能要件の位置づけ
システム開発プロジェクトにおいて、非機能要件は要件定義の初期段階から検討すべき重要な要素です。非機能要件が不明確なまま開発を進めると、システムの性能不足、セキュリティ脆弱性、運用時の問題といった深刻な課題が発生する可能性があります。
特に、大規模なシステム開発では、非機能要件の抜けや曖昧さがプロジェクト全体のコストや品質に大きな影響を与えるため、プロジェクト初期から継続的に非機能要件を検討し、ステークホルダー間で合意形成を図ることが重要です。

非機能要件で定義すべき6つの主要項目
可用性(Availability)の要件定義
可用性とは、システムが正常に稼働している時間の割合を指します。ビジネスへの影響度を考慮し、システムの稼働率目標を明確に定義します。例えば、基幹システムでは99.9%以上、一般的な業務システムでは99.5%以上といった具体的な数値目標を設定します。
可用性の要件定義では、計画停止時間と障害停止時間を分けて考慮し、障害発生時の復旧時間目標(RTO)と復旧ポイント目標(RPO)も合わせて定義することが重要です。
性能・拡張性(Performance & Scalability)の設定
性能要件では、システムの応答時間、処理能力、同時ユーザー数などを定量的に定義します。具体的には、画面表示時間は3秒以内、バッチ処理は指定時間内完了、同時接続ユーザー数1000人まで対応といった形で明確に設定します。
拡張性については、将来的な業務拡大やユーザー増加に対応できるよう、システムの処理能力向上やハードウェア増強への対応方針を定義します。
運用・保守性(Maintainability)の考慮点
運用・保守性では、システムの運用管理やメンテナンスのしやすさを定義します。監視機能、ログ出力、バックアップ・リストア、データ移行などの運用に必要な機能を具体的に要件として定めます。
また、障害発生時の原因特定や復旧作業の効率化を図るため、適切な監視体制とアラート機能の設計も重要な非機能要件となります。
セキュリティ(Security)要件の詳細
セキュリティ要件では、システムの機密性、完全性、可用性を確保するための対策を定義します。ユーザー認証、アクセス制御、データ暗号化、監査ログ、不正アクセス対策などを具体的に要件として設定します。
特に個人情報や機密情報を扱うシステムでは、関連法規制への準拠も含めた包括的なセキュリティ要件の定義が必要です。
移行性(Portability)の検討事項
移行性では、既存システムからの移行やデータ移行に関する要件を定義します。移行対象データの範囲、移行方式、移行期間、移行時のシステム停止時間などを明確に設定します。
また、将来的なシステム更改やクラウド移行を見据えた技術選定や標準化についても、移行性の観点から検討することが重要です。
システム環境・エコロジー(Environment)の定義
システム環境では、システムが稼働する技術基盤や運用環境に関する要件を定義します。ハードウェアスペック、ソフトウェア環境、ネットワーク環境、開発環境、テスト環境などを具体的に設定します。
エコロジー要件では、消費電力、環境負荷、グリーンIT対応などの環境配慮に関する要件も含めて検討します。

【実践編】非機能要件を効果的に定義する5つのステップ
ステップ1:システムの特性と業務要件の整理
非機能要件の定義を始める前に、システムの特性と業務要件を整理します。システムの利用者数、業務の重要度、ピーク時の負荷、災害時の対応方針などを明確にし、非機能要件定義の基礎情報とします。
この段階では、ビジネス要件書や機能要件定義書を詳細に分析し、非機能要件に影響を与える要素を抽出することが重要です。
ステップ2:非機能要求グレードの設定方法
IPAが提供する非機能要求グレードを活用し、システムの特性に応じた適切なグレードを設定します。業務システムのタイプ(基幹系、情報系、Web系)や重要度に基づいて、各非機能項目のグレードを決定します。
非機能要求グレードの設定により、要件定義の標準化と品質向上が実現できます。グレード設定では、コストとリスクのバランスを考慮した適切な判断が求められます。
ステップ3:非機能要件の草案作成とドキュメント化
設定したグレードに基づいて、具体的な非機能要件を草案として作成します。数値目標や判定基準を明確に記述し、測定可能な形で要件を定義します。
要件定義書には、要件の背景、根拠、制約条件も併せて記載し、後工程での設計・開発・テストでの活用を可能にします。
ステップ4:ステークホルダーとの合意形成プロセス
作成した非機能要件について、ユーザー、開発チーム、運用チームなど関係者との合意形成を図ります。要件の妥当性、実現可能性、コスト影響を検討し、必要に応じて要件の調整を行います。
合意形成では、非機能要件がビジネス要件や予算制約と整合しているかを確認し、プロジェクト全体の成功に向けた最適化を図ります。
ステップ5:非機能要件の妥当性検証と最終確定
定義した非機能要件について、技術的実現可能性とコスト妥当性を検証します。必要に応じてプロトタイプやPoC(概念実証)を実施し、要件の妥当性を確認します。
検証結果を踏まえて最終的な非機能要件を確定し、後工程での設計・開発・テストの基準として活用できる状態に整備します。

非機能要求グレードの設定と活用方法
IPA(情報処理推進機構)の非機能要求グレードとは
非機能要求グレードは、IPAが策定したシステムの非機能要件を体系的に整理・分類するためのフレームワークです。可用性、性能・拡張性、運用・保守性、移行性、セキュリティ、システム環境・エコロジーの6つの大項目と58の小項目で構成されています。
各項目について、システムの重要度や特性に応じて1から3までのグレード(一部は4まで)を設定し、定量的な目標値を明確にすることで、非機能要件の標準化と品質向上を実現します。
業務システムタイプ別のグレード設定例
基幹系システムでは、可用性や性能の要求が高いため、多くの項目でグレード2から3を設定します。停止影響が大きいため、稼働率99.9%以上、障害復旧4時間以内といった厳しい基準を設定します。
情報系システムでは、利用頻度や影響度を考慮してグレード1から2を中心に設定し、コストバランスを重視した要件定義を行います。Web系システムでは、ユーザビリティと拡張性を重視したグレード設定が重要となります。
非機能要求グレードを活用した要件定義の進め方
非機能要求グレードを活用することで、システムの特性に応じた適切な非機能要件を効率的に定義できます。まず、システムの業務特性と重要度を評価し、各大項目のグレードレベルを決定します。
次に、各小項目について具体的な数値目標や基準を設定し、測定可能な形で非機能要件を明文化します。グレード設定では、ビジネス要件、技術制約、予算制約を総合的に考慮し、最適なバランスを見つけることが重要です。Address unavailable: https://api.anthropic.com/v1/messages

最新トレンドに対応した非機能要件の考え方
クラウドファーストでの非機能要件設計
現代のシステム開発では、クラウドファーストのアプローチが主流となっており、非機能要件の定義においても従来とは異なる考え方が求められています。クラウド環境における非機能要件は、オンプレミス環境と比較して可用性や拡張性の観点で大きく異なる特徴を持ちます。
クラウドでの非機能要件定義では、マルチアベイラビリティゾーンを活用した可用性99.9%以上の実現が重要なポイントとなります。AWS、Azure、Google Cloud Platformなどの主要クラウドプロバイダーは、地理的に分散した複数のデータセンターを提供しており、これらを活用することで高い可用性を実現できます。
性能面では、オートスケーリング機能を前提とした非機能要件の設定が必要です。トラフィックの増減に応じて自動的にリソースを調整する仕組みを活用し、ピーク時の性能要件を満たしながらもコスト効率を最適化する設計が求められます。また、CDN(Content Delivery Network)を活用したレスポンス時間の改善も、クラウド環境特有の非機能要件として重要です。
AI・機械学習システムの非機能要件
AI・機械学習システムでは、従来のシステムとは異なる特殊な非機能要件が必要となります。特に、学習データの処理性能、推論処理の応答時間、モデルの精度維持などが重要な要素となります。
機械学習システムの非機能要件では、バッチ処理とリアルタイム処理の両方を考慮する必要があります。大量の学習データを処理する際の性能要件として、データの前処理から学習完了までの処理時間を明確に定義することが重要です。また、推論処理においては、リアルタイムでの応答性能を満たすための要件定義が必要となります。
AIシステムでは、モデルの継続的な学習とデプロイを考慮したMLOps(Machine Learning Operations)の観点からの非機能要件も重要です。モデルの精度劣化を監視し、自動的に再学習を行う仕組みや、A/Bテスト機能による段階的なモデル更新など、AI特有の運用要件を定義する必要があります。
マイクロサービスアーキテクチャでの非機能要件
マイクロサービスアーキテクチャでは、システム全体が複数の小さなサービスから構成されるため、サービス間の連携を考慮した非機能要件の定義が必要です。各サービスが独立して動作しながらも、システム全体として一貫した品質を保つための要件設定が重要となります。
マイクロサービスにおける非機能要件では、サービス間通信の信頼性とパフォーマンスが重要な要素となります。ネットワーク遅延やサービス間の依存関係を考慮し、サーキットブレーカーパターンやタイムアウト設定などの障害対応機能を含めた要件定義が必要です。
また、分散システムとしての特性を考慮し、各サービスの独立したデプロイとスケーリングを可能にする要件も重要です。サービスディスカバリーやロードバランシング、ヘルスチェック機能など、マイクロサービス特有の非機能要件を適切に定義することで、システム全体の安定性と拡張性を確保できます。

非機能要件定義を成功させるための実践的なコツ
プロジェクト初期段階での非機能要件の洗い出し
非機能要件の定義を成功させるためには、プロジェクトの初期段階から体系的な洗い出しを行うことが重要です。要件定義フェーズの早期に非機能要件を明確化することで、後工程での手戻りを防ぎ、プロジェクト全体の効率化を図ることができます。
初期段階での洗い出しでは、ビジネス要求から非機能要件を導出するアプローチが効果的です。業務の重要性、利用者数、データ量、処理頻度などの業務特性を分析し、それに基づいて必要な非機能要件を特定していきます。また、既存システムがある場合は、現状の課題や改善点を詳細に分析し、新システムに求められる非機能要件を明確化することが重要です。
非機能要件の洗い出しには、チェックリストやテンプレートの活用が有効です。IPAの非機能要求グレードや業界標準のフレームワークを参考に、漏れのない要件洗い出しを実施することで、品質の高い非機能要件定義を実現できます。
関係者との効果的なコミュニケーション手法
非機能要件の定義では、技術的な専門知識を持たないステークホルダーにも理解しやすい形で要件を説明することが重要です。具体的な数値や実例を用いて非機能要件を説明し、ビジネス影響を明確に示すことで、関係者の理解と合意を得ることができます。
効果的なコミュニケーションのためには、技術用語を避け、ビジネス用語で非機能要件を表現することが重要です。例えば、「可用性99.9%」という技術的な表現ではなく、「年間約8時間程度のシステム停止時間」といった具体的な影響として説明することで、関係者の理解を促進できます。
また、プロトタイプやデモンストレーションを活用し、非機能要件の重要性を視覚的に示すことも効果的です。性能要件の違いによるユーザー体験の差や、セキュリティ要件の必要性など、実際の動作を通じて非機能要件の価値を伝えることで、関係者の納得感を高めることができます。
非機能要件の優先順位付けと取捨選択
限られた予算とスケジュールの中で、すべての非機能要件を実現することは困難な場合が多いため、適切な優先順位付けと取捨選択が重要です。ビジネス影響度、技術的実現性、コスト対効果を総合的に評価し、実装する非機能要件を決定する必要があります。
優先順位付けでは、MoSCoW法(Must have, Should have, Could have, Won’t have)などの手法を活用し、各非機能要件の重要度を明確化します。特に、システムの基本的な動作に必要な要件と、ユーザビリティ向上のための要件を区別し、段階的な実装計画を立てることが重要です。
取捨選択においては、将来の拡張性も考慮した判断が必要です。初期リリースでは最小限の要件のみを実装し、運用開始後の状況を踏まえて段階的に非機能要件を強化していくアプローチも有効です。このような段階的な実装により、初期コストを抑制しながらも、長期的なシステム品質を確保することができます。

非機能要件に関するよくある質問(FAQ)
非機能要件と機能要件の境界線はどこにありますか
非機能要件と機能要件の境界線は、時として曖昧になることがありますが、基本的な判断基準があります。機能要件は「システムが何をするか」を定義し、非機能要件は「システムがどのように動作するか」を定義するものです。例えば、「ユーザー登録機能」は機能要件ですが、「ユーザー登録処理が3秒以内に完了する」は非機能要件となります。
境界線が曖昧な場合は、要件の目的と性質を分析することが重要です。ビジネス機能の実現に直接関わる要件は機能要件、システムの品質や制約に関わる要件は非機能要件として分類することができます。また、セキュリティ機能のように、機能的側面と非機能的側面の両方を持つ要件については、それぞれの観点から適切に定義することが必要です。
非機能要件の定義にはどの程度の期間と工数が必要ですか
非機能要件の定義に必要な期間と工数は、システムの規模や複雑さによって大きく異なります。一般的に、要件定義全体の20-30%程度の工数を非機能要件の定義に割り当てることが推奨されています。中規模のシステムでは2-4週間、大規模なシステムでは1-3ヶ月程度の期間が必要となることが多いです。
工数の内訳としては、要件の洗い出しと分析に40%、ステークホルダーとの調整と合意形成に30%、ドキュメント作成と検証に30%程度の配分が一般的です。特に、関係者との合意形成には十分な時間を確保することが重要で、技術的な説明や影響分析に時間を要する場合があります。
非機能要件の変更管理はどのように行えばよいですか
非機能要件の変更管理では、変更による影響範囲の分析と、関係者への影響説明が重要です。非機能要件の変更は、アーキテクチャ設計やインフラ構成に大きな影響を与える可能性があるため、技術面とコスト面の両方から慎重な検討が必要です。
変更管理プロセスでは、変更要求の受付、影響分析、承認、実装、検証の各ステップを明確に定義し、適切な承認手続きを経て変更を実施することが重要です。特に、性能要件やセキュリティ要件の変更は、システム全体に大きな影響を与える可能性があるため、十分な検討時間を確保する必要があります。また、変更履歴の記録と関係者への情報共有を徹底し、プロジェクト全体での情報の一元管理を行うことで、変更による混乱を防ぐことができます。