非機能要件とは、システム開発において機能要件以外の品質や性能に関する要求事項を指します。可用性、性能・拡張性、セキュリティなどの要素が含まれ、システムの安定稼働と利用者満足度を左右する重要な概念です。本記事では、非機能要件の基本定義から具体的な定義項目、IPAの非機能要求グレード、実践的な定義手順まで詳しく解説します。
目次
非機能要件とは?システム開発における基本概念を解説
非機能要件の定義と基本的な考え方
非機能要件とは、システムが「何をするか」ではなく「どのように動作するか」を定義する要求事項です。システム開発において、非機能要件は性能、拡張性、可用性、セキュリティなど、システムの品質特性に関する要件を指します。
情報システムを構築する際、開発者は機能要件と非機能要件の両方を満たす必要があります。非機能要件は、ユーザーが直接的に操作する機能以外の、システムの動作品質や運用面での要求を明確に定義することで、システム全体の信頼性と持続可能性を確保する重要な役割を担っています。
システムの非機能要件を適切に定義することで、開発後の運用フェーズにおける予期しない問題や障害を未然に防ぐことが可能となります。特に、ビジネスクリティカルなシステムでは、非機能要件の定義の精度がシステム全体の成否を左右することも少なくありません。
機能要件との違いとシステム開発での位置づけ
機能要件とは、システムが提供すべき具体的な機能や処理を定義する要件です。一方、非機能要件は、これらの機能がどの程度の品質で動作すべきかを定義します。
機能要件と非機能要件の関係性は相互補完的です。機能要件だけでは、システムが実際の業務環境で求められる性能や信頼性を満たすことができません。また、非機能要件だけでは、ユーザーが必要とする具体的な処理を実現することはできません。
システム開発における要件定義の段階では、機能要件を定義した後に、それぞれの機能に対する非機能要件を明確に定義していく必要があります。この過程で、システムの方向性と特性を総合的に検討し、バランスの取れた要件定義を行うことが求められます。
なぜ非機能要件が注目されるようになったのか
近年、情報システムの複雑化とビジネス環境の変化により、非機能要件の重要性が高まっています。特に、クラウドコンピューティングの普及やデジタルトランスフォーメーションの推進により、システムに求められる性能や可用性の水準が大幅に向上しました。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)をはじめとする専門機関も、非機能要件の標準化と体系化に取り組んでおり、システム開発の品質向上を支援しています。これにより、開発者とユーザーの間で非機能要件に関する共通理解が深まり、より効果的な要件定義が可能となっています。

機能要件と非機能要件の違いを具体例で理解する
機能要件とは何か?具体的な定義と役割
機能要件とは、システムが実現すべき具体的な機能や処理を定義する要求事項です。機能要件は「システムが何をするか」を明確に示し、ユーザーの業務要求を技術的な仕様に変換する役割を担います。
機能要件の定義においては、入力データの形式、処理のロジック、出力結果の仕様など、システムの動作を詳細に記述します。これらの定義により、開発チームはユーザーの期待する機能を正確に実装することができます。
機能要件を定義する際は、ユーザーストーリーやユースケースなどの手法を用いて、実際の業務フローに沿った機能の洗い出しを行います。この過程で、システムが提供すべき価値と、それを実現するための具体的な機能を明確に整理することが重要です。
非機能要件と機能要件の関係性
非機能要件と機能要件は密接に関連しており、両者のバランスを取ることがシステム開発の成功につながります。機能要件で定義された処理に対して、非機能要件がその処理の品質レベルを規定することで、実用的なシステムが完成します。
例えば、機能要件で「ユーザー認証機能」を定義した場合、非機能要件では「認証処理は1秒以内に完了すること」「同時に1000ユーザーまでの認証要求を処理できること」といった具体的な性能要件を定義します。
システム開発では、機能要件を満たしながら非機能要件も同時に実現する必要があるため、設計段階から両者の整合性を考慮することが重要です。特に、性能要件とセキュリティ要件のように、相反する可能性のある非機能要件については、適切な優先順位付けと妥協点の設定が求められます。
ECサイト開発における機能要件と非機能要件の実例
ECサイト開発を例に、機能要件と非機能要件の具体的な違いを説明します。機能要件としては、商品検索機能、ショッピングカート機能、決済機能、会員登録機能などが挙げられます。
一方、非機能要件では以下のような要求が定義されます。
- 商品検索は3秒以内に結果を表示すること
- 同時アクセス数1万人まで対応可能であること
- 年間稼働率99.9%以上を維持すること
- 個人情報保護法に準拠したセキュリティ対策を実装すること
- 障害発生時の復旧時間は4時間以内とすること
これらの非機能要件により、ECサイトが実際のビジネス環境で安定的に動作し、ユーザーに満足度の高いサービスを提供できるようになります。機能要件だけでは実現できない、システムの品質と信頼性を確保するのが非機能要件の役割です。

非機能要件で定義すべき6つの重要項目
可用性:システムの安定稼働を保証する要件
可用性は、システムが正常に稼働し続ける能力を示す非機能要件です。システムの可用性を定義する際は、稼働率、ダウンタイムの許容範囲、障害発生時の対応手順などを明確に定めます。
可用性の要件では、年間稼働率(例:99.9%)や月間ダウンタイムの上限(例:8時間以内)などの数値目標を設定します。また、障害発生時の復旧時間(RTO:Recovery Time Objective)や、データ損失許容時間(RPO:Recovery Point Objective)も重要な指標となります。
高い可用性を実現するためには、冗長化構成、自動フェイルオーバー機能、監視システムの導入などの技術的対策と、運用体制の整備が必要です。特に、24時間365日のサービス提供が求められるシステムでは、可用性要件の定義が極めて重要となります。
性能・拡張性:処理速度と将来的な成長への対応
性能・拡張性の非機能要件は、システムの処理能力と将来の成長に対する適応能力を定義します。レスポンス時間、スループット、同時利用者数などの性能指標と、将来的な負荷増加への対応能力を明確に定めます。
性能要件では、具体的な数値目標を設定することが重要です。例えば、「Webページの表示時間は3秒以内」「データベース検索処理は1秒以内」「同時アクセス数5000人まで対応」といった明確な基準を定義します。
拡張性要件では、将来的なユーザー数の増加や取引量の拡大に対して、システムがどの程度まで対応できるかを定義します。スケールアップ(縦の拡張)とスケールアウト(横の拡張)の両方の観点から、システムアーキテクチャレベルでの検討が必要です。
運用・保守性:システム運用の効率化
運用・保守性は、システムの日常的な運用作業と保守作業の効率化を目的とした非機能要件です。監視機能、ログ出力、バックアップ・リストア機能、設定変更の容易さなどが主な対象となります。
効果的な運用・保守性要件を定義するためには、システム管理者の作業負荷軽減と、障害対応の迅速化を考慮する必要があります。自動化できる運用作業の範囲、監視項目の設定、アラート通知の仕組みなどを詳細に検討します。
また、システムの保守作業における影響範囲の最小化や、メンテナンス時間の短縮も重要な要素です。これにより、システムの可用性を維持しながら、継続的な改善と機能追加を実現できます。
移行性:既存システムからの移行とデータ連携
移行性は、既存システムから新システムへのデータ移行や、他システムとの連携に関する非機能要件です。データ移行の方法、移行期間、データ整合性の確保などを定義します。
データ移行においては、移行対象データの範囲、移行手順、移行後の検証方法を明確に定める必要があります。特に、業務を停止できない基幹システムでは、段階的な移行や並行運用期間の設定が重要となります。
システム間連携では、API仕様、データ形式、通信プロトコルなどの技術的な要件と、連携頻度、データ同期のタイミングなどの運用面の要件を定義します。これにより、システム全体としての整合性と効率性を確保できます。
セキュリティ:情報保護と不正アクセス対策
セキュリティ要件は、システムが取り扱う情報の機密性、完全性、可用性を保護するための非機能要件です。認証・認可機能、暗号化、アクセス制御、監査ログなどが主な対象となります。
セキュリティ要件の定義では、保護対象となる情報の重要度分類と、それぞれに対する保護レベルを明確に設定します。個人情報、機密情報、公開情報などの分類に応じて、適切なセキュリティ対策を選定することが重要です。
また、セキュリティインシデント発生時の対応手順や、定期的なセキュリティ監査の実施方法も非機能要件として定義します。これにより、継続的なセキュリティレベルの維持と向上を図ることができます。
システム環境・エコロジー:環境配慮と持続可能性
システム環境・エコロジー要件は、環境負荷の軽減と持続可能な運用を目的とした非機能要件です。省電力設計、クラウド活用によるリソース効率化、グリーンIT対応などが含まれます。
環境配慮の観点では、サーバー設備の電力消費量削減、冷却効率の向上、再生可能エネルギーの活用などを検討します。また、仮想化技術やクラウドサービスの活用により、物理的なリソース使用量を最適化することも重要です。
持続可能性の観点では、長期的な運用コストの削減と、将来の技術変化への適応能力を考慮します。これにより、環境負荷を軽減しながら、経済的にも持続可能なシステム運用を実現できます。

IPAが定める非機能要求グレードの活用方法
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の指針とは
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、日本におけるIT技術の発展と情報処理に関する標準化を推進する公的機関です。IPAが策定した非機能要求グレードは、システム開発における非機能要件の定義と評価を標準化するためのフレームワークです。
IPAの非機能要求グレードは、システムの重要度と業務特性に応じて、非機能要件を体系的に分類・整理することを目的としています。この指針により、開発者とユーザーの間で非機能要件に関する共通理解を深め、より効果的な要件定義を実現できます。
また、IPAの指針は業界標準として広く認知されており、多くのシステム開発プロジェクトで参考にされています。これにより、非機能要件の定義品質の向上と、プロジェクト間での知見共有が促進されています。
非機能要求グレードの6段階評価システム
非機能要求グレードは、システムの重要度に応じて6段階(レベル1からレベル6)で評価するシステムです。レベル1が最も基本的な要件レベルで、レベル6が最も厳しい要件レベルとなります。
各レベルは、可用性、性能・拡張性、運用・保守性、移行性、セキュリティ、システム環境・エコロジーの6つの観点から定義されています。システムの特性と業務要求に応じて、各観点のグレードを個別に設定することが可能です。
グレード設定の際は、システムの影響範囲、利用者数、業務の重要度、コスト制約などを総合的に考慮します。適切なグレード設定により、過剰品質によるコスト増加や、品質不足による業務リスクを回避できます。
業種・規模別の非機能要求グレード設定例
業種や企業規模により、求められる非機能要求グレードは大きく異なります。金融機関の基幹系システムでは、可用性とセキュリティで最高レベルのグレード6が要求される場合が多く、年間1000万円から1億円規模のコンサルティング費用が発生することもあります。
一方、中小企業の業務支援システムでは、コスト効率を重視してグレード2から3程度に設定されることが一般的です。ECサイトやWebサービスでは、性能・拡張性とセキュリティを重視し、グレード4から5を設定することが多く見られます。
グレード設定では、将来的な業務拡大や法規制の変化も考慮する必要があります。初期はグレード3で開始し、段階的にグレード4に引き上げるといった柔軟な対応も可能です。重要なのは、現在の業務要求と将来の発展性のバランスを取ることです。

非機能要件の定義手順とプロセス
ステップ1:システムの方向性と特性の確認
非機能要件を定義する最初のステップは、システムの方向性と特性を明確にすることです。システム開発において非機能要件の定義は、機能要件の定義と同様に重要な要件定義の一部となります。
このステップでは、開発するシステムの目的、利用者数、想定される処理量、運用時間帯などの基本的な情報を収集します。システムの特性を把握することで、どのような非機能要件が求められるかを明確に定義することができます。
具体的には以下の項目について確認していきます。
- システムの利用目的と業務要件
- 想定利用者数と同時接続数
- 処理データ量と増加予測
- 運用時間帯とサービス停止許容時間
- 既存システムとの連携要件
ステップ2:非機能要件の草案作成と項目整理
システムの方向性が明確になったら、非機能要件の草案を作成します。非機能要件と機能要件との違いを理解し、システムに求められる品質特性を整理していきます。
非機能要件の草案作成では、可用性、性能拡張性、運用・保守性、移行性、セキュリティ、システム環境などの主要な項目について具体的な要求を定義します。各項目について定量的な指標を設定することが重要です。
要件定義の段階では、抽象的な表現ではなく測定可能な指標で非機能要件を記述する必要があります。例えば「高速である」ではなく「レスポンス時間3秒以内」といった具体的な数値で表現します。
ステップ3:ステークホルダーとの合意形成
作成した非機能要件の草案について、ステークホルダーとの合意形成を行います。システム開発における非機能要件は、利用者だけでなく運用担当者、経営陣など様々な関係者に影響を与えるため、幅広い視点での検討が必要です。
合意形成のプロセスでは、非機能要件を満たすために必要なコストと、要件を満たさない場合のリスクを明確に説明することが重要です。特に性能や可用性に関する要件は、システム開発コストに大きく影響するため、十分な議論が求められます。
ステップ4:要件の優先順位付けと最終化
ステークホルダーとの議論を経て、非機能要件の優先順位付けを行います。すべての非機能要求を最高レベルで満たそうとすると、システム開発のコストが過大になる可能性があります。
優先順位付けでは、ビジネスへの影響度と実現可能性を考慮して、重要な非機能要件から順番に整理します。最終的に、プロジェクトの予算と期間内で実現可能な非機能要件の仕様を確定します。

障害発生時の対応を含む非機能要件の具体的定義方法
障害発生時の復旧時間(RTO)の設定
障害発生時の対応を含む非機能要件の定義において、復旧時間目標(RTO:Recovery Time Objective)の設定は重要な要素です。RTOは、システム障害が発生してから業務を再開するまでの目標時間を指します。
RTOの設定では、業務の重要度とシステムの停止が与える影響を考慮します。基幹システムでは数分から数時間、一般的な業務システムでは数時間から1日程度のRTOが設定されることが多いです。
障害発生時の復旧時間を明確に定義することで、適切なシステム構成と運用体制を構築することができます。RTOを満たすためには、システムの冗長化、バックアップ戦略、監視体制などを総合的に検討する必要があります。
データ損失許容時間(RPO)の定義
データ損失許容時間(RPO:Recovery Point Objective)は、障害発生時にどの程度のデータ損失まで許容できるかを定義する非機能要件です。RPOは、最後にバックアップを取得した時点から障害発生時点までの時間で表現されます。
金融システムや重要な基幹システムでは、データ損失が業務に与える影響が大きいため、RPOを0(データ損失なし)または数分以内に設定することが求められます。一方、参考資料や分析用データなどでは、数時間から1日程度のRPOでも許容される場合があります。
RPOを満たすためには、リアルタイムレプリケーション、定期バックアップ、トランザクションログの保管などの技術的対策が必要になります。
障害時の業務継続性(BCP)要件
業務継続性(BCP:Business Continuity Plan)に関する非機能要件では、災害や大規模障害が発生した場合でも、重要な業務を継続するためのシステム要件を定義します。
BCP要件には、代替システムでの業務継続、データセンターの地理的分散、通信手段の確保などが含まれます。特に、自然災害やサイバー攻撃などの広範囲に影響を与える障害に対する対応策を具体的に定義することが重要です。

非機能要件の評価指標とテスト方法
RASIS指標による可用性評価
非機能要件の評価において、RASIS指標は可用性を測定する重要な基準です。RASISは、Reliability(信頼性)、Availability(可用性)、Serviceability(保守性)、Integrity(保全性)、Security(機密性)の頭文字を取った指標です。
可用性は「システムが正常に稼働している時間の割合」として定義され、通常はパーセンテージで表現されます。例えば、99.9%の可用性は年間約8.76時間の停止時間を許容することを意味します。
システムの可用性を向上させるためには、冗長化、定期メンテナンス、監視体制の強化などの対策が必要です。非機能要件として可用性を定義する際は、業務への影響とコストのバランスを考慮して適切なレベルを設定します。
SLA(Service Level Agreement)とSLO(Service Level Objective)
SLA(Service Level Agreement)とSLO(Service Level Objective)は、非機能要件を契約レベルで定義し、評価するための重要な仕組みです。SLOはサービスレベルの目標値を設定し、SLAはその目標値を契約として合意したものです。
SLAには、システムの可用性、レスポンス時間、処理性能などの非機能要件が具体的な数値で規定されます。また、SLAを満たさない場合のペナルティや補償についても定義されることがあります。
システム開発では、要件定義の段階でSLOを設定し、運用開始後はSLAとして継続的に監視・評価を行います。
パフォーマンステストと負荷テストの実施方法
非機能要件で定義した性能要件を検証するために、パフォーマンステストと負荷テストの実施が不可欠です。これらのテストにより、システムが要求される性能を満たしているかを客観的に評価できます。
パフォーマンステストでは、通常の利用条件下でのレスポンス時間、スループット、リソース使用率などを測定します。負荷テストでは、想定される最大負荷やピーク時の負荷をかけて、システムの限界性能を確認します。
テスト実施時は、本番環境に近い条件でテストを行うことが重要です。また、テスト結果は非機能要件で定義した指標と照らし合わせて評価し、要件を満たさない場合はシステムの改修を行います。

非機能要件定義で陥りがちな落とし穴と対策
顧客から非機能要件が出てこない理由と対処法
システム開発のプロジェクトにおいて、顧客から非機能要件が出てこないという問題がよく発生します。これは、顧客が機能要件に比べて非機能要件の重要性を理解していない、または具体的にどのような要件を定義すべきかわからないことが主な原因です。
顧客から非機能要件を引き出すためには、システムの利用シーンを具体的にイメージしてもらうことが効果的です。「ピーク時に何人が同時にアクセスしますか」「システムが1時間停止した場合の損失はいくらですか」といった質問により、非機能要件の必要性を理解してもらいます。
顧客とのコミュニケーションでは、非機能要件がシステムの品質と運用コストに直結することを具体的な事例で説明することが重要です。
要件漏れが引き起こすシステム開発の失敗事例
非機能要件の要件漏れは、システム開発プロジェクトの失敗に直結する重大な問題です。性能要件が不十分だったためにシステムが期待される処理能力を発揮できない、セキュリティ要件が漏れていたために情報漏洩が発生するなどの事例があります。
特に運用・保守性に関する要件が漏れると、システム稼働後の運用コストが想定以上に高くなったり、障害対応に時間がかかったりする問題が発生します。また、拡張性の要件が不足していると、業務拡大に対応できずにシステムの再構築が必要になる場合もあります。
要件漏れを防ぐためには、非機能要求グレードなどの標準的なフレームワークを活用し、体系的に要件を整理することが有効です。
コストと品質のバランスを取る提案方法
非機能要件の定義では、システムの品質向上とコストのバランスを適切に取ることが重要な課題です。すべての非機能要件を最高レベルで満たそうとすると、システム開発コストが過大になり、プロジェクトの実現可能性が低下します。
コストと品質のバランスを取るためには、非機能要件の優先順位を明確にし、段階的な実装を提案することが効果的です。まず最低限必要な要件を満たすシステムを構築し、その後段階的に品質を向上させる方法により、初期投資を抑えながら長期的な品質向上を図ることができます。
また、クラウドサービスの活用により、初期コストを抑えつつ必要に応じてスケールアップできる柔軟な システム構成を提案することも有効な方法です。

業界別・システム別の非機能要件定義のポイント
金融システムにおける非機能要件の特徴
金融システムでは、非機能要件が極めて厳格に定義される必要があります。銀行や証券会社のシステムでは、システムの可用性が99.9%以上を求められ、障害発生時の復旧時間も数分以内という厳しい基準が設けられています。
金融業界における非機能要件の特徴的な項目は以下の通りです。
- セキュリティ要件:顧客情報の保護、不正アクセス防止、データ暗号化
- 可用性要件:24時間365日の安定稼働、冗長化による障害対策
- 性能要件:大量取引の処理能力、リアルタイム決済の実現
- 監査要件:金融庁の検査対応、ログ管理とトレーサビリティ
金融システムでは、機能要件だけでなく非機能要件の定義が事業継続に直結するため、要件定義の段階から綿密な検討が求められます。
ECサイト・Webサービスの非機能要件
ECサイトやWebサービスにおける非機能要件は、ユーザー体験の向上と事業成長への対応が重要な要素となります。特に、性能・拡張性の要件定義が成功の鍵となります。
ECサイト・Webサービスで重視される非機能要件は以下の通りです。
- 性能要件:ページ読み込み時間3秒以内、同時アクセス数への対応
- 拡張性要件:トラフィック増加に応じたスケーラビリティ
- 可用性要件:サービス停止による機会損失の防止
- セキュリティ要件:個人情報保護、決済情報の安全性確保
- ユーザビリティ要件:レスポンシブデザイン、操作性の向上
ECサイトでは、セール期間やイベント時のアクセス集中を想定した性能要件の設定が不可欠です。また、システムの拡張性を考慮した非機能要件を定義することで、将来的な事業拡大にも対応できます。
基幹システム・ERPシステムの非機能要件
基幹システムやERPシステムでは、企業の業務プロセス全体を支える重要な役割を担うため、運用・保守性と可用性を重視した非機能要件の定義が必要です。
基幹システム・ERPシステムにおける非機能要件のポイントは以下の通りです。
- 可用性要件:業務時間中の安定稼働、計画停止時間の最小化
- 運用・保守性要件:システム監視の効率化、障害対応の迅速化
- 移行性要件:既存システムからのデータ移行、段階的な移行計画
- 拡張性要件:組織拡大や業務拡張への対応能力
- セキュリティ要件:内部統制対応、アクセス権限管理
基幹システムでは、システム開発時だけでなく、長期的な運用を見据えた非機能要件の定義が重要です。特に、システムの保守性とデータの整合性を保つための要件を明確にすることが求められます。

非機能要件定義を成功させるための実践的なコツ
ステークホルダーとの効果的なコミュニケーション方法
非機能要件の定義を成功させるためには、ステークホルダーとの効果的なコミュニケーションが不可欠です。非機能要件は技術的な内容が多く、業務担当者には理解が難しい場合があるため、分かりやすい説明と合意形成が重要となります。
効果的なコミュニケーションのポイントは以下の通りです。
- 業務への影響を具体的に説明する
- コストと効果のバランスを明示する
- 視覚的な資料を活用して理解を促進する
- 定期的な進捗共有と課題の早期発見
特に、システムの可用性や性能要件については、業務への影響を具体的な数値やシナリオで示すことで、ステークホルダーの理解を深めることができます。
要件の可視化と文書化のベストプラクティス
非機能要件を効果的に管理するためには、要件の可視化と適切な文書化が欠かせません。要件定義の品質は、その後のシステム開発全体の成功を左右する重要な要素です。
要件の可視化と文書化のベストプラクティスは以下の通りです。
- 要件管理ツールを活用した一元管理
- 測定可能な指標による要件の明確化
- 優先度と影響度による要件の分類
- 変更履歴の適切な管理とトレーサビリティの確保
- 関係者全員がアクセス可能な文書管理体制
非機能要件の文書化では、曖昧な表現を避け、定量的な基準や測定方法を明記することが重要です。また、要件間の関連性や依存関係も明確にすることで、システム全体の整合性を保つことができます。
継続的な要件見直しとメンテナンス
非機能要件は、システム開発の進行やビジネス環境の変化に応じて継続的に見直しを行う必要があります。特に、長期的なシステム運用を考慮した場合、要件の適切なメンテナンスが成功の鍵となります。
継続的な要件見直しのポイントは以下の通りです。
- 定期的な要件レビューの実施
- システム運用開始後の実績値との比較検証
- ビジネス要求の変化に応じた要件の更新
- 技術進歩を踏まえた要件の最適化
システム運用開始後も、実際の性能データや障害発生状況を分析し、非機能要件の妥当性を検証することが重要です。これにより、システムの継続的な改善と最適化を図ることができます。

非機能要件に関するよくある質問(FAQ)
非機能要件の定義にかかる期間と工数は?
非機能要件の定義にかかる期間と工数は、システムの規模や複雑さによって大きく異なります。一般的には、全体の要件定義期間の30~40%程度を非機能要件の定義に充てることが推奨されています。中規模のシステム開発では2~4ヶ月、大規模システムでは6ヶ月以上を要する場合もあります。工数については、要件定義全体の工数の約3割程度を見込むことが一般的です。外部コンサルティングファームに依頼する場合、年間1000万円から1億円程度の費用が必要となることもあります。
小規模システムでも非機能要件は必要?
小規模システムにおいても非機能要件の定義は必要です。規模が小さいからといって非機能要件を軽視すると、システム運用開始後に予期しない問題が発生する可能性があります。小規模システムでは、最低限の可用性、セキュリティ、性能要件を明確にし、将来的な拡張性も考慮した要件定義を行うことが重要です。ただし、大規模システムほど詳細な要件は不要で、重要な項目に絞った効率的な定義を行うことが求められます。
非機能要件の変更が発生した場合の対応方法は?
非機能要件の変更が発生した場合は、まず変更の影響範囲と緊急度を評価することが重要です。変更管理プロセスに従い、関係者への影響を分析し、コストとスケジュールへの影響を明確にします。軽微な変更であっても、システム全体への影響を慎重に検討し、必要に応じてテスト計画の見直しも行います。また、変更履歴を適切に管理し、将来の参照に備えることも重要です。大幅な変更の場合は、プロジェクトの再計画や追加予算の確保が必要となる場合があります。